経営力(経営のエネルギ-)の重要性

 

1 使命感の有無
 昔から「物は考えよう」といわれるが、まさにその通りで「経営」を食うための手段と考えるか、それとも「人生」の目的と考えるかによって「経営」の価値は大いに異なってくる。手段と考えれば「経営」の価値は小さくなり、目的と考えれば「経営」の価値は大きくなる。というのは目的は大きい方がよく手段は小さい方がよいにきまっているからである。

 ところで「経営」を人生の目的と考えるべきであろうか。それとも、人生の手段と考えるべきであろうか。目的と考えるならば「経営」を大切にし「経営」に真実を求めなければならない。手段と考えるならば「経営」を大切にする必要はなく、場合によってはゴマカシ、マヤカシで経営してもかまわない。
 経営を人生の目的と考えるならば「経営」に対する使命感を持たなければならない。他方「経営」を人生の手段と考えるならば経営に対する使命感を持つ必要はない。というのは手段に使命感は全く必要はないからである。経営を手段と考える人は経営から得られた結果を手段として他に目的を求めることになる。たとえば経営から得られた金を手段としてゴルフや競馬を目的として人生を送ることになる。
 どちらの態度が正しいであろうか。神でない我々は経営を目的と考えた方がよいとか、手段と考えた方がよいとか断言することはできない。しかし、「経営」を繁栄させるためにはさせるためには「経営」を人生の手段と考えるより人生の目的と考えた方が好ましいといえることは確かである

 経営を人生の目的と考えるならば目的を達成する最大のエネルギ-は使命感である。例えば、食堂を経営する主人が「美味しくて、理にかなった値段でなるべく多くの人々に食を楽しんで貰うんだ」という使命感をもっていればその食堂経営は活気を持つにい違いない。
 他方その食堂の主人が「安い材料でなるべく高い値段で儲けるんだ」という考えをもっていればそれは「経営」を手段と考えている証拠である。使命感をもった「経営」は「受けとること」より「与えること」の方を先に考えるが使命感を持たない経営は「与えること」より「受けること」の方を先に考える傾向がある。
 もちろんいかなる「経営」もインプットとアウトプットのバランスをとらねば成立しないが、それにもかかわらず使命感をもつ「経営」と使命感を持たない「経営」とでは「経営」における活気に格段の差が生じる。使命感を持つ経営は「タライ」の中の水を押しやると戻ってくるのに似ており、使命感を持たない経営は「タライ」の中の水をかき寄せると逃げていくのに似ている。かくして現実的にも使命感をのった「経営」を推薦せざるを得ない。

 ところで「使命感」とは何であろうか。「使命感」とは「経営」がこの世に存在する意義であるといえる。その「経営」がこの世に害をなしていると考えればこの世に存在する価値はない。そ「経営」がなければこの世の人々は損をするであろうというときにその「経営」がこの世に存在する価値があるのである。要するに「経営」をやらざるを得ない必然性を自覚できるとき、その「経営」は使命感が発生し経営にエネルギーがでてくるのである。「世のためになるんだ」、「人(取引先、従業員等)のためになるんだ」という使命感こそ経営の出発点でなければならない。

「物は考えよう」であり金儲けのために「経営」するんだと考えても決して法律違反でもなければ不道徳でもない。あるいはその考え方がもっとも当たり前のことであるかもしれない。しかしながら不思議なことに使命感のない「経営」にはエネルギ-が枯渇しがちであり、使命感のある「経営」にはエネルギーが充満しがちである。コンサルタントがスモールビジネスの経営者に説かなければ第1の命題は「使命感」の協調である。ドラッガーは「態度の重要性」を強調した。「経営」を成功させるものは経営者の態度であって「経営」の知識やテクニックではないとした。もし「経営」を成功させるものが知識やテクニックであるとすれば博士号を持った従業員を多数雇い入れればよいはずであるが、幸か不幸か「経営」の成功度は博士号の数には関係ないことを指摘している。もちろん新しい経営知識やテクニックの価値を否定する環ではないがそれ以前に、もっと大切なものが経営者の態度であるというのである。我々は態度という言葉を使う代わりに「使命感」の重要性を改めて強調しておきたい。

 

2 向上心の有無

 碁打ちの心境をご存じであろうか。5~6級の腕前のときには、せめて1級か初段にはなりたいと思う。1級か初段になるとせめて2~3段になりたいと思う。この限りなき欲望こそ、その碁打ちの腕前をあげていく原動力である。欲望とは向上心である。「経営」においてもこの向上心がなければ発展するわけにはいかない。現在の製品構成をどう変更すればより利益があがるであろうか。現在の従業員をどう教育すれば従業員はより活発に活動してくれるだろうか。現在の生産工程をどのように合理化すればもっと生産効率が上がるだろうか。現在の事務手続きの省力化を図るためにどのようにIT化すべきか。現在の給与水準で従業員の生活水準はどうであろうか。
 このような向上心が経営者になければ、如何に優秀なコンサルタントが指導しても無駄である。ところで、スモールビジネスの経営者で向上心旺盛な人は比較的少ない。ほとんどが目の前の問題解決に翻弄されている、成り行き管理で進歩がないというのが実情である。そうであるならば、スモールビジネスをコンサルタントとして指導することの意義はどこにあるのであろうか。向上心のない経営者に向上心を植え付け、向上心を得た段階で経営管理指導に入る。スモールビジネスの経営者が「向上心」の必要性について確信を持たときはじめて技術的経営指導に入るのが本筋である。

 向上心はまさに経営においてかけがえのないものであり経営発展の前提条件である。

3 目標利益の有無

 使命感と向上心とはインプット思考の経営エネルギ-である。他方、目標利益はアウトプット思考の経営エネルギーである。インプット思考で経営に活力を入れるだけでは片手落ちとなるかもしれない。というのは俗物であるわれわれ人間は結果すなわちアウトプットに非常に関心があるからである。すなわち如何にインプット思考のエネルギーを大量に経営に注入しようともその「経営」が行き詰ったのでは元も子もないからである。
 アウトプットに光明を見出すためにはアウトプット思考からも「経営」にエネルギーを注入しなければならない。インプット志向のエネルギーは表からみたエネルギーであり、アウトプット思考のエネルギーは裏から見たエネルギーであり、両者は同じエネルギーである。同じエネルギーを表と裏の両面から検討するとき経営エネルギーは落ち度なく永遠に燃焼し続けることができる。

それではアウトプット思考の経営エネルギーとはいったい何であろうか。それが目標利益である。使命感と向上心とは経営者の人生観・価値観に基づいた「経営」の判断基準、行動基準となるものであるが、目標利益は具体的な計数による必達地点である。目標利益は使命観・向上心がなければ実現不可能である。使命感や向上心がなければその「経営」は社会から報いられないからである。社会から報いられるとは具体的には、その「経営」から利益が得られるということである。逆説的な言い方をすれば使命感や向上心がなければ社会から報いられないので結果として利益も生まれない。

 しかし、利益とは短期的利益ではなしに永遠の利益である。使命感や向上心がなくても短期的利益は獲得可能である。しかし、永遠の利益は使命感や向上心を抜きにしては得られるものではない。かくて、使命感と向上心は表から「経営」にエネルギーを注入するものであり、利益は結果的に裏から経営にエネルギーを注入するものである。すなはち、利益は使命感と向上心の関数である。

y = f(A,B)
ただし、 y = 利益
     f = 関数
     A = 使命感
     B = 向上心
注意しなければならないことは、使命観や、向上心 を抜きにして目標利益を設定するとき、架空の実現不可能な希望の表現に終わる危険性があるということである。使命感と向上心に裏付けされた目標利益ならば必ずそれは実現されるはずである。

使命感と向上心を具体的数字で表現したものが目標利益であるという信念のもとに、目標利益を設定し、その実現に努力することが必要であり、それは「経営」にエネルギーを注入することになる。結果として利益が出たとかでないといった「経営」は枯渇した状態であり、その「経営」にエネルギーがあるとは到底考えられない。

「経営」の本質は、「経営」のやり方あるいはあり方が原理・原則にそって行われているかどうかである。原理・原則から逸脱した「経営」は必ずいずれ破綻する。

以上が冒頭にも記したように、石尾先生からご教示を受けた内容の主旨ですが、コンサルタントといえば、生産性の向上(生産管理),財務内容の改善等実務指導が主体と理解し、現場改善に専念していた筆者は大変感激すると同時に自身の経営者に接する態度の過ちを気づかされました。以降経営者の経営に対する取り組み方、考え方等「組織風土改革」がコンサルタントの1丁目1番地と認識し、それに専念しております。

例えば金融機関との融資折衝でも経営状況(財務内容)の説明に先立ち、まずY =f(A,B)を「経営自ら自分の言葉で熱く語る」ように指導しており、欠損補填資金でもほぼ満額融資されております。融資側も数字面を都合の良いように合わせた、経営計画書はもとより信用しておりません。経営者本人が本気で試行錯誤の結果捻出した目標利益は説得力抜群です。経営者の「使命感」と「向上心」に基づいた「経営改革」をステークホルダー(従業員、金融機関等)に対し、「計数」で自ら語れるよう養成するわが社の当面の目的です。y<0 では市場はその企業の存在を許しません。